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2018年6月5日発行 日本政策金融公庫・調査月報「テレワーク」

      2018/10/22

事務機器の販売から働き方の提案へ

岡山市で事務機器を販売している㈱石井事務機センターは、創業100年を超える老舗企業だ。長らく事業は順調に推移していたが、10年前に存続が危ぶまれる状況に陥った。同社は苦境をどのようにして乗り切ったのだろうか。

事業の目的を考える

1911年に創業した同社は当初、墨や筆を販売する小売店だった。第2次世界大戦後は、デスクやキャビネットなどのオフィス家具、コピー機やパソコンなどのOA機器、サーバーなどのIT関連の機器などを取り扱うようになる。地元の企業を定期的に訪問して注文を獲得する御用聞きスタイルで業績を伸ばしてきた。
しかし、2000年代に入るとインターネットの通販サイトが登場し、価格競争の波にのまれて売り上げは低下し始める。そして2009年、リーマン・ショックの影響で売り上げは激減。経営危機に陥ってしまう。業績改善の見通しはなく、辞めてしまう従業員が続出した。
2006年にキヤノン㈱を経て同社に入社していた現社長の石井聖博さんは、事業の在り方を根本から改める必要があると考え、当時の社長で父の英行さんと再建に取り組んだ。
対応すべき課題が数多くあるなか、最も必要だったのは、今まで同社になかった経営理念の確立である。何のために事業を行うのかがわからなければ有効な再建策は打ち出せない。聖博さんは顧客が事務機器を購入する理由を考え、顧客が最も求めているのは、新たな事務機器によって仕事の効率化を図ることだと思い至った。
そして、仕事が効率化されれば、働き方にゆとりが生まれ、労働時間が減ったり、よりやりがいのある仕事に取り組めたりする。つまり、事務機器の販売を通じて同社は顧客の働き方を変えることができる。聖博さんはそれこそが事業の目的を考え、経営理念を「『働く』に笑顔を!」とした。顧客が仕事にやりがいと誇りを感じ、なおかつプライベートも充実させられる働き方を実現させることが、同社のあるべき姿だと感じたのである。

自社の働き方を変える

もっとも、事業の目的が明確になっても、すぐに実践というわけにはいかなかった。どのようにすれば仕事を効率化でき、働き方を変えられるか、具体的な事例はなく、顧客に提案できなかったからである。そこで、まずは自社でさまざまな取り組みを実施することにした。
例えば、一人ひとりの専用デスクを用意せず、空いているデスクで仕事をするフリーアドレス制の導入である。デスクは共有となるので、書類や私物を置きっぱなしにはできない。キャビネットや個人用ロッカーで保管する必要があるが、保管できる量には限りがあり、自然と整理・整頓が図られる。
同時に、資料をデータで保存し紙の使用を減らすペーパーレスにも取り組んだ。必要な資料を探しやすくなるとともに、社内の誰もが共有できるため、事務の効率化が進んだ。また、設定した時刻になると自動でパソコンがシャットダウンされるシステムや、遅くまで残っている人がいないか社外から確認できるウェブカメラを導入し、残業の削減にも取り組んだ。
こうした取り組みは聖博さんの主動で進められたのだが、成果が出始めてくると、従業員から提案が出てくるようになった。その一つがテレワークである。子育て中の従業員は、子どもが病気になると、看病のため、出社できなくなる。同僚に迷惑をかけたくないと思っていた従業員が、出社せずに仕事ができるようにと希望したものだった。
聖博さんはテレワークには懐疑的で仕事の効率は悪化すると考えていた。しかし、いざ導入してみると、雑務に時間を取られず集中して取り組めるため、仕事の効率は良くなった。なかでも営業担当の場合、新たに導入したモバイルパソコンを使えば、移動の合間に事務作業ができるようになったため、労働時間の短縮に大いに役立った。
ただし、どうしてもテレワークをしようとしない従業員がいた。テレワークによる効率アップを推進するため、聖博さんは人事評価の基準を時間当たりの成果に変え、同じ成果であれば労働時間が短い人を評価することにした。その結果、全従業員が積極的にテレワークを活用するようになった。

顧客に働き方を見せる

こうして蓄積した自分たちの体験を基に、仕事を効率化させ、働き方を変える提案をして回ったが、顧客の反応は鈍かった。それまで事務機器を販売していた企業がいきなり働き方を変える提案をしてきても、成果があがるかどうか、顧客は半信半疑だったのだ。
同社に対する顧客のイメージを変えるために、聖博さんがとった対応策は二つある。
一つは、ショールームをつくり、自分たちの働き方を見てもらうことだ。言葉を尽くして説明するよりも、実際に見てもらったほうがすぐに理解してもらえる。事務所をそのままショールームとして公開し、自ら体験している事務機器の使い勝手や実践している働き方の効果などを説明した。
もう一つは、同社の取り組みを客観的に評価してもらうことだ。2016年に総務省主催のテレワーク先駆者百選に選ばれたほか、岡山県などが主催するビジネスプランコンテストおかやま2017では最終審査会に残り、公開プレゼンテーションを行った。その結果、地元紙でたびたび同社が紹介されることとなり、新たな取り組みの内容は広く地域に浸透していった。
働き方について顧客から相談されることが増え、同社は価格競争に巻き込まれることがなくなった。売り上げの増加や利益率の改善だけではなく、残業の削減も実現。地元紙が取りまとめた2019年卒業予定者の希望就職先ランキングで9位になるなど、学生にも評判が広まっている。いわば働き方改革のフロンティアとなったことが同社の再生と飛躍の理由といえるだろう。
(藤原 新平)

 

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